2017年8月9日水曜日

鍋島緞通と暮らす方法に物思う

鍋島緞通という綿の和絨毯があって、、

今では、色んなトコが作る様になって来た。

吉島家があって、第一次分裂事件で政之助さんの美織と田中さんのもめんの華が、

そして、吉島家と袂を分かった元社員達の織ものがたりと、

そこから分かれたみたいな鍋島緞通 日々楽さん。

鍋島緞通吉島家長男夫婦以外が無寒暑庵を作った。

で、綿緞通は、鍋島と赤穂だけか?

で、鍋島緞通は或る人に言わせると

「風呂場の足拭き!」だそうだが、

肌触りがとっても良いので、寝っ転がったら最高なのである。

敷物として使われてきた鍋島緞通、、

こいつと暮らしていくには、

毎年1回クリーニング、毎月1回乾燥機、小まめな陰干しも欠かせない。

クリーニングは、何処も専門業者に外注してるんじゃないかな?

出来れば、クリーニング・乾燥器が終わったら、

目に沿って串みたいなので梳いてやって目起こしをしてやる。

そしたら、掃除機を順目で掛けてやって、、、、

後は何があるかなぁ?

はっきり言うぜ、、鍋島緞通とか、赤穂段通とか、堺緞通は、綿緞通だった。

だから、輸出しても、欧米と言う靴の世界では耐久性が低くて相手にされず、

堺緞通は羊毛緞通に進化せざるを得なかった。

山形緞通も、同様に羊毛緞通で、、、

日本三大緞通とか言っても、

堺は別物だ、、鍋島と赤穂だけが日本の緞通と言うべきだろうか?

マジに、毎年クリーニングはしてくれよ、毎月一回乾燥機は掛けてくれよ、

綿緞通は床に敷いたバスタオルみたいなもんだからな、、、

どうせ、綿緞通はすぐにへたるんだ、だからこそななつ星には、

鍋島緞通では無く、耐久性のある羊毛の堺緞通をつかっているんだぞ!

住江織物は、堺緞通で唯一生き残った工業生産の末裔だからな、

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